クラシックギターの製作

 現在、兵庫のギター製作家の田中清人氏にクラシックギター(モダンタイプ)を製作依頼しています。

昨年、ルネサンスギターを作っていただきましたが、その丁寧な製作と響き具合が何とも嬉しく、今回もお願いいたしました。

田中氏の製作は多くのギターを量産する事なく、1本1本を文字通り 「手作り」 の製作で、材料の確保・吟味から細部のこだわりまで “職人気質” を感じさせてくれます。

本来の手作りギターがどのようにして作られていくのか、完成までご紹介いたします。説明は私の個人的な記述ですので、ご了解ください。(間違っているかも?)
              平成20年8月  オークギター教室 工藤信幸





















《 素材 》
 表面板を25年間自然乾燥させた「ヨーロッパ・スプルース」(写真上)、そして裏板は「ローズウッド」(写真右)を使用。
ギターの音は表面板でほとんど決まるといわれるだけに、ここの材料選びがもっとも重要ですね。

*「ヨーロッパスプルース」はドイツの高級ピアノの響版や高価な弦楽器の表面板に使用されているもので、アラスカスブルースに比べて粘りのある素材とされています。


《表面板とサウンドホール》
















表面板は2枚の四角いスブルースを張り合わせ、そして“ひょうたん型” に切り抜きます。
その後、サウンドホールとサウンドホールの周りにあるモザイク模様を作ります。
このモザイク模様はシールを「貼って」あると思われている方が多いようです。
でも、表面板に僅か深さ1ミリ幅約20ミリの“溝”を細心の注意を払って手彫りし、その溝にモザイク模様を埋め込んでいるのです。あまりにも綺麗に埋め込まれているので、“貼って”見えるのでしょうね。
ご自分のギターのサウンドホールも是非ご覧になってください。

 《表面板の力木製作》











表面板の裏側には、力木を放射状に接着して丁寧に削っていきます。

表面板の補強とブリッジに伝わった音を表面板全体に響かせる役目があるのでしょうね。この“骨組み” の本数や接着角度などは製作家によってそれぞれ異なっていて、それが音の個性となって現れるものかと思います。



 《裏板の製作》


裏板は2枚の左右対称の板を張り合わせて、中央の細長い板で補強し、そして力木でいた全体をさらに補強しています。

この力木の接着を固定するのに10数本の竹で常に圧力が均等にかかるように調節しています。

この“圧力棒”は通常金属製を使用していますが、田中氏は敢えて“竹”を使っています。
これは、竹の持つ弾力性が魅力だと思います。




《ネックの製作》


ネックになる部分は、ほぼネックの形をした「角材」なのです。

その「角材」上部のギアー部分に “化粧材” を接着した所ですね。
皆さんのギターも良く見ると、必ず “化粧材” が張り合わされているはずです。
ネックと色合いが似ているので、注意して見ないと分かりずらいと思います。

ほんのちょっとした所にも複雑で繊細な作業があるものです。
下の写真では既にネックにギアーを差し込む溝が出来ています。


 《横板の製作》

下記本文は全て田中氏の説明です
*下の3枚の写真はクリックすると拡大されます。

@ の写真は横板の厚み出しを終えたところです。
ネックを仕上けてからその溝に合わせて横板を仕上げていきます。
横板の厚みの状態は、部分によってランダムに厚みが異なるように仕上げています。
表板、裏板も同様にしています。
楽器はできるだけ複雑な反応をした方がいいので、私はそうしています。
他の製作家が意識的にこれを行っているかは分かりません。

A ネックの木口(こぐち)は水分を吸収しやすいので、セラックニスで下塗りをし、その上に顔料を塗っています。

Bこの2枚の写真は横板を曲げているところです。およそ170度の熱で曲げていきますが、ベンディング・アイロンに当るところを時々水で濡らし、焦げないように気を付けます。いよいよギターの形になってきました。


@ 横板の厚み出しを終えた状態

A ネックの木口(こぐち)部分

B 横板を曲げているところ


《横板とライニングの接着》

@ の写真では、横板を型枠に固定してギターの裏板としての形を整えているところです。

A では横板の上下に接着あるライニングを作っている所です。ライニングは直線の板になっているものを幅9ミリ前後間隔でノコギリで筋目を入れています。そうする事で横板の曲線に合わせられるのです。
このような細かな手作業は大変そうです。
筋目を入れながら切り落としてしまいそうですね。

B はこのライニングを横板に接着しているところで、数時間はこのようにして置くと思います。

そして、写真左が接着し終えた所です。

@ 横板を型枠に入れて固定しています。

A ノコギリで筋目を入れているところで、これが横板の曲線に合わされます。

B Aで作られたライニングを横板の接着しています。


《表面板と裏板の接着》

左の写真は表面板を横板・ライニングに接着して、それを裏側から見たものです。

@ の写真は表面板を接着しているところです。

A は既に表面板と裏板も接着されています。

B は裏板側からの写真です。

今まではネック、横板、表面板、裏板はそれぞれに個別に制作されていましたが、これでやっと全て合体されました。
もうほとんどギターの形らしくなってきました。

@ 表面板の接着

A 表面板が接着し終えたところ。

B 裏板が接着し終えたところ。


《パフリングの接着》

“パフリング”というのは、ギターの表(裏)面板と横板の結合部分に帯状の飾りの事を言います。

表と裏に入れるダルマ形の縁飾りをパフリングと呼び、横板に入れるもの(通称ハチマキ)をバインディングと呼びます。

@ は、パフリングを埋め込む溝を掻き取っている所で、ノミで丁寧に削られています。
A はパフリングです。丁度ギターの形になっています。勿論、真っ直ぐな細い飾り板を熱で少しずつ綺麗に曲げたものです。
B は、裏板側のパフリングを接着している所です。

@ 溝を掻き取っている所。

A ギターの曲線に合わされたパフリングです。

B 裏板側からのパフリングです。


《指板の接着》
接着の工程は、後指板とブリッジのみになってきました。指板は本黒檀そしてブリッジは縞黒檀という硬い木が使われています。

ギターは四角い木の素材を熱で曲げたり、接着したりと様々な工程から出来上がっているものですね。

上が本黒檀で、下が縞黒檀です。すごく硬い木です。

指板が加工されています。


《ブリッジの接着》

ブリッジは硬い縞黒檀という木を使って、小刀で形を仕上げていきます。
そして、ご覧のように本体に接着します。


「工房からの説明」
19世紀のオリジナルのブリッジは本黒檀が主に使われます。
当時使われていたガット弦には本黒檀の重さとカチっとした反応が、ブリッジ材として合うのかもしれません。
ですから、現在使われている様々なプラスチック弦は本黒檀の反応とは合わないのではないかと思っています。
私がモダン・タイプに縞黒檀を使っているのには、そういった理由もあります。
縞黒檀は本黒檀に比べ、やや軽く鈍い反応です。それが自分のモダン・タイプには合っているような気がするのです。
縞黒檀より軽く硬い反応のハカランダ材を使う場合もありますが、ハカランダ材に比べ反応の鈍いローズウッドをブリッジ材として使うことは私はしません。
感覚的に使う気になれないのです。

ブリッジの加工をしています。小さな小刀で少しずつ仕上げます。

ブリッジの中に溝を彫っている所です。

仕上がったブリッジです。上のものは同時に製作している19世紀ギター、初期ミルクール・タイプのもので、白い部分は白蝶貝です。

弦を結ぶ部分の拡大写真です。補強のための牛骨板を貼り付けています。


《セラック・ニスの作り方》

「工房からの説明」
今回はセラック・ニスを作る過程です。
下の写真の一番目はセラック・ニスの原料です。
これはレモン・セラックと呼ばれているフレーク状の原料ですが、
この状態はセラック・カイガラムシの分泌物を精製した最初の段階で得られるものだそうです。
固まった分泌物を砕いてできたものをシード・ラックと呼び、次の過程で得られたものがレモン・セラック、それをさらに脱蝋精製したものはガーネット・ラックと呼ばれています。
私はどれも使っていますが、それぞれ色あいと塗り上がったときの艶が違います。

二番目の写真はフレーク状の原料を薬研(やげん)で砕いているところです。
薬研は漢方薬などを砕くときに使われるものです。
フレーク状のセラックを砕くには、ギターの本場のスペインでは
布に包んで木槌などで叩くということを聞いたことがあります。
私も様々試してみましたが、日本で古来から使われている薬研が最も具合がいいので
す。三番目の写真は参考として、縄文時代の遺跡から出土した小さな石臼と砕くための小石です。これは携帯用として使われていたと思われ、おそらく、狩をするときに毒草をこれですり潰し矢じりの先に塗ったものではないかと想像されます。薬研と同様のものが縄文時代の頃から使われていたということに驚いてしまいます。
4番目の写真は薬研で砕かれた状態です。

五番目の写真は、薬研でおおまかに砕いたものをコーヒーミルを使ってさらに細かく均一に砕いたものです。
それをビンに入れ、アルコールで溶かします。
アルコールを入れたら、上の写真のようにビンを斜めにして立てておきます。
細かく砕かれたセラックは、アルコールを入れると間もなくゲル状になり底に固まります。
ビンを斜めにしておき、数時間おきにビンを3分の1ほど回転させると底のゲル状のセラックが移動し早く溶けるのです。ビンはいつも傍らに置いておき、気が付いたときにビンを回転させます。
こうして約1週間ほどで完全に溶けます。セラックが完全に溶けたら「ろ過」をして不純物を取り除きニスの出来上がりです。使うときには適宜アルコールで薄めます。


《ネックと指板の仕上げと下塗り》

「工房からの説明」
下の3枚の写真はネックと指板を仕上げているところです。この工程は指板を接着したニカワが完全に乾いてから行います。

ニカワが乾く途中で指板とネックの緊張状態が変わる場合があり、その際、仕上げた指板が後に反ることがあるのです。ですから、私は1週間ほど放置してから行っています。

また、角材のままのネックを正規のサイズまで削った際にも木繊維の緊張状態が変わり、反ることがありますので、ネックを粗方削った後に指板をおおまかに仕上げ、そしてネックを仕上げ、最後に指板を仕上げるというふうにネックと指板を交互に削っていきます。

それに加え、ネックにニスを塗った段階でまたネックが動く場合がありますので、指板の最終仕上げは、ある程度ニスを塗り、フレットを打ち込む直前に行います。

上の写真は、木地磨きを終え表板にニスの下塗りをしているところです。表板の下塗りは漂白された無色透明のセラック・ニスを使います。セラックニスは完全に乾くのに時間がかかりますので、塗り上ってから2週間ほど放置する必要があります。