大学3年生


無事3年生になり、ギターアンサンブル部も4年生が卒業して、4月からは私が新しく部長になってしまいました。

秋の「第二回定期演奏会」という非常に責任の重い行事があったので、その演奏会の選曲や夏の合宿の準備に入ったり、新入生歓迎コンパや1年生の指導をしたり、さらに個人的には名古屋市内の「若手ギタリスト」のコンサートの出演などで、何かと忙しくも充実した日々です。

実は現在の「オーク音楽教室」の演奏会などの年間の流れは、この部長時代に経験したものが基本になっています。
春のプチ発表会、新入生歓迎演奏会、夏の合宿、秋の演奏会‥‥。特に今年(H17年)は「新入生歓迎演奏会&コンパ」も実施したので、より学生時代の趣が強くなったと思います。
今やっている自分の仕事が、ほとんど大学時代の「部長」と変わらないので、そのことがとても嬉しいですね。

そして、3年生になってからは建築の専門学科の授業が多くなり本格化してきました。
特に建築設計では、与えられた条件で、デザイン、構造、動線・部屋の配置、家具配置などを考えながら設計していくのが好きでした。
これは初めて弾くギターの「楽譜」という与えられた条件を、どのような運指で、作曲家の意図を考えながら、いかに自分らしい表現にするか、という思考作業にとても似ています。
丸2日徹夜して設計した小住宅は、今でもしっかり覚えています。

また、ギター部のことや、自分の練習も忙しかったせいか、“ひみこ”のことは時間が経つにつれ薄らいでいき、つい数ヶ月前の出来事が、遠い昔の淡い話になっていったようです。


《“みき”との再会》

3年生の夏休みになるとすぐ大分の田舎に帰り、お盆の頃には下宿に戻って来ていました。
普段でしたらお盆前後に必ず帰省していたのですが、この年は月末に夏の合宿を控えていたので、早めに帰省をすませ、合宿前までにアルバイトや大学の課題を終えておきたかったからです。

田舎から戻ると、お盆の時期の下宿はほとんどの学生が帰省しているので、ひっそりとしていました。
私の下宿「高木荘」は大家さんの家を挟んで、女子棟と男子棟とに分かれていて、普段は女子と会うこともない建物配置です。

ところが、大家さんの玄関前で、昼間ばったりと偶然に“みき”と出会ったのです。
“みき”は1年生の時に私の部屋にギターを聞きに来た3人の内の1人で、とても理知そうで笑顔が可愛く、髪の毛の長い女の子です。その後台風の夜にもギターを聞きに来てくれたことがありましたが、以来ごくたまにすれ違った時に立ち話をするぐらいでした。

その時の“みき”は学習塾の講師のバイトをしていて、その準備のためにやはり早く下宿に戻ったようでした。
2人でちょっと立ち話をしていていたら、どんな内容だったか忘れましたが、以前何かの賭けをして(多分野球の中日が勝つとか負けるとかいったレベル)、負けたらビールをおごるという話を思い出しました。
賭けに勝っていた私が「そういえば、ビールおごってよ」と言うと、「あっ、そうだったね。ビール冷蔵庫にいっぱい冷やしておくから、後で私の部屋に来ない?」と“みき”が言いました。
「君の部屋はどこか分からない」と聞くと、「女の子はみんな田舎に帰っていて誰もいないので、電気がついているところが私の部屋だから」と教えてくれました。




《私の終戦記念日》


“みき”が塾講師のバイトから帰った夜の9時か10時頃だったと思います。
大家さんの前をそっと気づかれないように通り、真っ暗な裏の納屋(大家さんは農家)の壁にそって歩くと、すぐに電気のついた部屋がありました。ここが“みき”の部屋でした。

コンコンと裏口のドアを小さくたたくと、「いらっしゃい」と明るい声が返ってきました。

“みき”の部屋は一番奥にあって、すぐに裏の入り口があり、隣が共有使用のお風呂と台所、そして他の部屋になっていて、多分以前は平屋だったものを、そのまま女子荘に使っているようでした。
部屋は四畳半でしたが、半畳の押入れが出ていたので、私の部屋より少し狭い感じでした。
ドアを入ってすぐ右に勉強机、コタツを兼ねたテーブル、衣類をしまっているファスナーケース、そして女の子らしい花柄のカーテンが閉められていて、私の部屋に比べて遥かに整理された可愛らしい部屋でした。
その時の“みき”はパキスタンの民族衣装っぽいワンピースを着ていて、とても印象的でした。

“みき”は下宿の男の子の間ではとても人気者で、誰とでも気軽に笑顔で話せる女の子でした。
男、女友達が多く、いつもグループの中心にいたような子です。
私はというと、「ギターマン」と言われるように、下宿ではいつも1人で、ギターの練習ばかりしていました。
そんな私と“みき”との巡り合わせは、他から見ればなんとも意外な感じだったと思います。

深夜まで2人っきりで飲んでいろんな話をしている内に、すっかりお互いの気持ちが打ち解け合ってきました。そして、いつしか肩が触れ合うようになり‥‥、ごく自然な成り行きで私が部屋の電気を消しました。

この日は8月15日でとても暑い日でした。
カーテンを閉め切ったまま一緒に朝を迎えましたが、汗がにじんだ体に扇風機の風が当たってとても心地良さを感じていました。
すると“みき”が、「朝ごはん作ったから食べていかない」と言って、テーブルにトーストとハムエッグとコーン、それに紅茶を用意してくれたのです。
普段朝食は食べていなかったし、お腹も空いていたので、とても美味しかったです。(この時“コーン”は初めて食べたのです。)

自分の部屋に戻ってからは、しばらくぼんやりしてました。
昨夜の事がとても信じられないのです。多分“みき”も同じ気持ちだったと思います。
1年生の時2回ほど私の部屋に友達とギターを聞きに来て、そして数回下宿ですれ違っただけで、お互いに2人で会ったのは昨日が初めてだったからです。

まるで映画の「ローマの休日」の新聞記者か、「夕鶴」のおじいさんのような気持ちです。
普段の何の変哲もない生活の中に、ある日突然「幸せ」が舞い込んできたのです。(でもいつの日かまた飛び立って行ってしまうのかも知れませんが・・・)

今、これを書いている日はくしくも8月15日で、何と不思議な偶然です。
これが私が23歳、“みき”が21歳の「終戦記念日」で、新たなる出会いの日でした。


《写真説明》
本文とほとんど関係ない写真ばかりですが、この時期のものです。
一番上は体育の講座でサッカーの時のもの、後は合宿時のもので、演奏は多分定期演奏会のものです。